大口径反射と大口径屈折BINOのデュオ。精悍! FUJIFILM GFX100S, GF50mm f3.5 R LM WR ©2022 Saw Ichiro.
福島県南会津は、楓林舎。やっとK-Nebulaさんと観望をご一緒するチャンスに恵まれた。彼のブログは昔から羨望の眼差しで随分眺めたし、他に例を見ないコアな観望ガイド本を何冊も執筆されていて(もちろん全部持っている(^^))、EMSの銀ミラー化、XYノブの改良など、長年ユーザー目線からマツモトさんの双眼望遠鏡の数々の発展に寄与されてきた、憧れの大先輩だ。
しかもなんと、彼の60cmドブソニアン・新ミラーのファーストライトに立ち会えるという。なんという誉れ!
彼の愛機、APM/LZOS 130/f6 BINOは残念ながら拝む事は出来なかったが(^^)、まだ暗くなる前にスワロフスキーの最高峰、NL Pure 8×42と、やはりニコンの最高峰WX 10×50 IFで地上風景を覗かせて頂いた。まさに国内外の双璧。いずれも恐ろしくクリアで視野が広い。
並の双眼鏡は視野円の周囲が視界を遮り、黒い空間の先に対象が見えるのが普通だが、特にニコンはそれが極細い黒の円形リングが視界の周辺に見えるのみで、何かを覗いている感覚が無い。視野がまるで自分の目の延長の様に見える。なるほど、これが現代双眼鏡の頂の景色か。それぞれ47万円と57万円。もちろん尋常じゃないプライス・タグだが、フローライト双眼望遠鏡と高級アイピースを揃える事を考えればリーズナブルとも言える?(^^) KowaのTSN-883プロミナーも文句なしに素晴らしかった。
FUJIFILM GFX100S, GF50mm f3.5 R LM WR ©2022 Saw Ichiro.
楓林舎のオーナー、みのわさん。あまりにも素敵な笑顔だったので、ご本人の承諾を頂けたのでご紹介(^^)。お世話になるのは2回目だが、まるで旧知の友の様な気持ちになる。彼が所有する数々の美しい双眼鏡やカメラを大事に撫でながら、子供の様な目の輝きで嬉しそうに語って下さる。人でもモノでもいつまでも大切に、まっすぐに愛し続ける生き様が彼の温かいお人柄となって表れている。僕も彼の様な年のとり方をしたい。一緒に写っているのは、当施設を別宅だと思っているお隣の飼い猫、17歳の老描「カカ」(^^)
彼の振る舞って下さるご馳走を食べ終わる頃にはすっかり暗くなっている。20時からいよいよ観望に入った。連日の雲予報の隙間を縫って、見事に晴れた!
今日はM11からスタート。じっくり見たはずなのだが、嬉し過ぎて舞い上がっていたのか(^^)、どんなイメージだったか印象に残っていない。M24スタークラウド周辺も、普段よりじっくり散策した。この一帯は背景の黒が見えないほどに星が散りばめられていて絶景。この向こうにある射手座A*(エースター)が天の川銀河の中心だ。太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホールの重力に、我々太陽系も支配されている。
2022年5月12日、国際研究グループ「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT:Event Horizon Telescope)」は、地球上8か所の電波望遠鏡を使った観測により「いて座A*」の撮影に史上初めて成功したと発表した。映像美が素晴らしい。
僕の場合、星雲・銀河の個性が面白くて、なんとなくいつも球状星団は手を抜きがちだ。M13と、他に何かちょっと見る程度で済ませていたが、無数にある球状星団にもよく見るとそれぞれ個性があるし、球状星団こそ大口径の真骨頂。これを楽しまなければ勿体ない。今回は球状星団をじっくり巡ってみようと最初から決めていた。
今日はゲストもいないし、メジャーな風物詩はそっちのけで、まずは射手座から地味に眺めて回った。
M72、M75、M30、M2、M14、M56、M15、NGC6712、M55。マニアで無ければ全部同じに見えるだろう。(笑)でも特にM2、M15がMasuyama 26 x2パワーメイトの107倍で迫力があり美しい。
M2 From Wikimedia Commons.
60cmで球状星団を見せて頂くと、流石に星の一つ一つの光量が違って無数の微光星が真っ白に輝き、ドカン!と存在感が半端ない。では20cmツインの出る幕が無いかと言われればそんな事はなく、やや青みを帯びた優しい恒星群がしっかり分離していて情緒的。あちらが男性的とすればこちらは女性的か?どちらも時を忘れて見入ってしまう。
ただし、60cmで見るM17は明らかに別次元だった。(^^) これは面白い!あまり長時間、60cmを専有しては申し訳無いという遠慮からほどほどに目を離したが、複雑にウネッたM17のガスの濃淡を観察するだけで1時間は眺められそうだ。ブラボー!!
M74、M77、NGC7331、NGC6822などの系外銀河は、20cmツインではいずれも見え方が微妙だった。お借りしたNIKON NAV-12.5HWで眺めるM33も、腕が広がっている姿は一応確認出来るが、淡い。M33がもっぱら空の状態を測る僕の尺度となっている。今日はシーイングが理想的では無い。
中でもNGC7479は痕跡程度。K-Nebulaさんにいくつか銀河をリクエストしたが、このシーイングでは60cmも20cmツインもパフォーマンスをなかなか発揮出来ない。ステファンの5つ子銀河も、どうやら僕の効き目に乱視がある様で、久しぶりの片目観望に慣れていない事もありちょっと滲んで見えてしまう事が分かった。近く眼科に検査に行ってみるか。
NGC7479 From Wikimedia Commons.
Nikon NAV-12.5HWの各所のレビューでは、揃いも揃って「性能は良いが覗きにくい」とされていて、双眼で覗きにくいのは困ると、手を出せずにいた。でも今日じっくり使わせて頂いて分かった。あれ?全然覗きにくくない。っていうか覗きやすい(^^)。イーソス13と見やすさに違いを感じなかった。極めて快適。
K-NebulaさんのNAV-12.5HWは、テレビューのイーソス用のゴム見口に交換されているのは何年も前から知っているが(^^)、どうやらこの問題は本当にゴム見口だけの話らしい。
何故だかアマゾンだけが断然安い。イーソス10をペアで揃えるよりも6万円もリーズナブルだし、結局僕もNikon NAV-12.5HWを注文してしまった。しかしアマゾンのNAVは何故か1本しか注文出来ない。カート内でメッセージと共に勝手に2本目が削除されてしまう。別々に買ったらどうなるか試しても駄目。転売防止策らしいが、双眼の人の事も考えてくれ!仕方なく妻のアカウントでもう一本を追加。到着時期が一週間も違った。
株式会社ジズコさんにメールして、イーソス用のゴム見口を売って下さいと連絡したら、一個1000円で快く販売して下さった。もちろん4つ(^^)。
外周が64mmになってしまうNAV-12.5HW本体のゴムリングは取り払った。これがあると無駄に太くて子供が双眼視出来ない。ゴムは簡単にはずれて外周61mmになった。いろいろ世話の焼けるアイピースだが、極端に焦点距離を消費するNAV-17HWも20cmF7でピントが届く事も確認してしまった(^^)。K-Nebulaさん曰く「NAVは一生モノのアイピースですよ!」17mmの方も時間の問題か、、、汗
僕がNikon NAV-12.5HW(付属のEiCコンバーターを装着すると10mmになる)を選んだのは、僕にとっては10mmアイピースが最重要と思う様になったからだ。すばる望遠鏡の沖田さんの動画で、DSO(Deep Sky Objects)は高倍率が楽しい事を勉強させて頂いて(このシリーズでK-Nebulaさんも講師として登場されている)それ以来DSOが面白くて仕方がない。20cmF7 BINOではNAV-12.5HWでは112倍、射出瞳1.78mm、EiC付きで140倍、1.42mmとなる。
この講座では射出瞳2mm〜1mmがよく見えると仰っていたが、あちらはハワイだし空も口径も違う。M51子持ち銀河を20cm BINOで長野の標高1500mで見る場合、8mmアイピースで175倍、射出瞳1.2mmを切ると背景だけでなく対象の光まで暗くなってしまい、それ以上倍率を上げてももっと見える様にはならない感じだった。
つまり日本の空のDSO観望に対しては射出瞳2mm〜1.2mmと仮定すると、20cmF7 BINOは100倍〜160倍前後がスイートスポットで、15cmF8 BINOを新調したとしても75倍〜120倍が実際最もコントラストが高く、淡い天体の検出や観察には適切だ。10mmアイピースがどちらも美味しいエリア内の最大倍率が得られ、実に都合がいいという事が分かった。
本来は広角・低倍が魅力の屈折双眼望遠鏡だが、楽しみ方が広がった。この実験はM51だけで比較したので、対象によって暗くなっても尚、倍率を上げた方が見やすい場合もあるだろうし、積極的にいろいろ試してみたい。
一方、月面や惑星の場合は200倍以上が常用倍率となるが、実は20cmF7 BINOには強力な裏技がある。松本さん秘蔵の?帽子ケースに穴を開けただけの(^^)遮光環を送って下さった。これをメガネの様にフードにかぶせると、20cmが高性能12cmF11のアポBINOに変身する。(^^)
Zeiss 50 BINOも同じF11だし、カメラも同じだしFの威力は知っているつもりなのだが、口径を小さくすると像質が劇的に改善するパラドックス。理屈的には分解能は落ちるはずなのだが、200倍オーバーの月面や木星のシャープネスやコントラストが格段にアップするのだ。F11、恐るべし。色収差とは、色ズレが見えるだけではない事を実体験として思い知らされた。これなら俄然、惑星や二重星の高倍率観望が楽しくなってくる。
カメラのレンズではこれ以上絞ると回折現象が発生して逆に解像度が落ちるが、望遠鏡はどうなんだろう。カメラ・レンズはf8も絞れば普通は十分だが、2枚玉は事情が違う?
南会津の地でも12cm仕様にして木星を覗いてみる。うーん、葉山のベランダで見るよりも鋭さが無く、高倍率をかける気がしない。というか、夜露が酷すぎる!
FUJIFILM GFX100S, GF50mm f3.5 R LM WR ©2022 Saw Ichiro.
新調したテルラド・ファインダーは、あっという間に失神してレチクルすら全く見えない(^^) 何のために電池を付けっぱなしにしてるのか。これは何かガッツリ対策をしなければならない。
BINOもほどなくして特に左の視界が濡れている感じで、見え方が先程からちょっとおかしい。対物レンズもアイピースもヒーターで保護していて曇っている様子は無い。EMSのミラーが濡れたか?そのうち改善されるかな?と開けて見るまでには至らなかった。60cmドブもやはり夜露に苦しんでおられていて、頻繁にドライヤーが稼働している(^^)
FUJIFILM GFX100S, GF50mm f3.5 R LM WR ©2022 Saw Ichiro.
物質は放っておくと放射冷却により、空気の温度を通り超えて温度が下がり続ける。空気中に置かれた物質が冷やされると、物質表面に露(結露)が付き始める。その時の温度は露点温度と呼ばれる。
湿度が高くなると露点温度も高くなり、温度が高くなっても露点温度も上がる。例えば現在の気温が0°、湿度が80%の時、望遠鏡(アルミ鏡筒やレンズ)の表面温度が放射冷却により-2.6°まで下がると結露が始まる。気温10°、湿度70%の時は4.7°で夜露が付く。下記の露点温度換算表から、現在の温度と湿度で大凡何度で望遠鏡が結露するか予測出来る。
露点温度換算表
横軸:相対湿度(%rh)
縦軸:温度
10% | 20% | 30% | 40% | 50% | 60% | 70% | 80% | 90% | |
-20.0° | -41.91 | -35.73 | -31.95 | -29.20 | -27.02 | -25.21 | -23.66 | -22.30 | -21.09 |
-10.0° | -33.60 | -26.95 | -22.89 | -19.92 | -17.58 | -15.62 | -13.95 | -12.48 | -11.17 |
0.0° | -25.35 | -18.22 | -13.86 | -10.68 | -8.15 | -6.06 | -4.26 | -2.68 | -1.27 |
10.0° | -18.17 | -10.63 | -6.00 | -2.62 | 0.06 | 2.59 | 4.78 | 6.70 | 8.43 |
20.0° | -11.17 | -3.20 | 1.91 | 6.00 | 9.26 | 12.00 | 14.36 | 16.44 | 18.31 |
23.0° | -9.11 | -1.01 | 4.50 | 8.68 | 12.02 | 14.82 | 17.23 | 19.36 | 21.27 |
30.0° | -4.34 | 4.61 | 10.54 | 14.93 | 18.44 | 21.39 | 23.93 | 26.17 | 28.18 |
※・温度<100℃: Sonntagの式 ・温度>=100℃: Wagner-Prussの式による
株式会社 第一科学さんより引用
湿度が50%を下回る条件ならば、物質は7度以上相対的に低くならなければ結露しないが、湿度80%ある場合はたった3度、望遠鏡が外気よりも冷えるだけで夜露で曇ってしまう事が分かった。これは家の窓なども同じ。
物質の素材別の放射冷却率を調べるために、赤外線温度計を試してみた。安物だが意外とちゃんとしてるっぽい。室内の壁が上に行くほど表面温度が上昇していくし、物質の表面温度が気温を下回っている事も数値で確認出来る。だいぶ以前に買ったものの、いつも遠征に忘れていってしまう。(^^)
元々豪雪地帯でもある南会津は昨日まで雨だった事もあり、とにかく湿度が高そうだ。金膜すら無力にびしょびしょに夜露に濡れてしまった。地域一帯の全ての物質が露点温度を迎えていて、さらに冷え込んできて息が白い。
夜露も問題だが、もっと問題なのは夜露が出るほど冷却が進行中の物質からは、口径20cmともなると200Wのオーブンで炙っているほどの高エネルギーで、鏡筒から陽炎を発し像を乱すらしい。これが大口径のシーイングを悪化させる元凶で、対物から鏡筒付近では像をジュルジュルさせ、光束が縮小する接眼付近では像全体を揺らす。一般常識的には全てジェット気流のせいにされてきたが、実は大部分が鏡筒内気流だったというオチでは?と僕は疑っている。気になり出すと仕舞いにはアイピースまでホイル巻きにせざるを得なくなった。変態的な成金主義に思われそうだが。(^^)
ライトを付けての写真は、もちろん二人とも撤収を決めた後。(^^) FUJIFILM GFX100S, GF50mm f3.5 R LM WR ©2022 Saw Ichiro.
そんな空の下でも「ちょっとこれ見て下さい、何かは見てのお楽しみ(^^)」と言われて60cmを覗いた景色に絶句。巨大な真っ白い「骨」の様な物体が、ツイストしながら真っ黒の夜空に浮遊している。一瞬、魔女のほうき星雲(NGC6960)?と思ったがここは天頂、白鳥付近。なんとOIII越しに網状星雲の局部を観察していた!!
網状星雲。NASA Hubble.
僕の知っている網状とあまりに違うために、何を見ているのかすら分からなかった。OIIIをかけているのに星が暗くならない。これはハッブル宇宙望遠鏡が捉えた写真だが、眼視ではモノクロだがこの写真が一番イメージに近かった。並の写真より遥かによく見えて感動が大きい。60cmで網状の端から端まで舐め回したが、凄すぎてアイピースから目を離す事が出来ない。これには本気で度肝を抜かれた。
雲が出てきたので写真撮影タイム。FUJIFILM GFX100S, GF50mm f3.5 R LM WR ©2022 Saw Ichiro.
Skysafariには観望記録をチェックする機能があり、後から見返すと面白い。この日は21個記録されていたが、途中からチェックを入れるのをやめた。せっかく星空の下に居るのに、なんだかiPadばかりポチポチ触っているのがアホらしくなってきた。もっと生の星の光を見る方に時間を使いたい。
途中でみのわさんが覗きにいらした。今日の空は10点満点中6点だそうだ。前回は曇ってほとんど見れなかっただけに僕的には十分楽しいが、K-nebulaさんにとっては、ちょっと残念なファーストライトだったかもしれない。
K-nebulaさんも20cmツインの球状星団や二重星団などをいくつかご覧頂いた。彼はこの惑星の光学系の最高峰を欲しいままにする御仁だ。この大口径アクロマートの評価はどんな辛口かと思ったら「こんなに見えると思わなかった。本当に良い」と仰って下さった。もちろん、大口径アクロにしては、という注釈付きの意のはずだが、嬉しかった(^^) 大口径アクロというのは、一般的にはシャープな像質を確保するのは相当に難しいモノらしい。このBINOは大切にしなければならないと、思いを新たにした。
FUJIFILM GFX100S, GF50mm f3.5 R LM WR ©2022 Saw Ichiro.
オリオンが登ってきた12時頃には雲が出てきてしまい、シーイングの事もあり早めの撤収となった。今日は凄いモノを沢山見せて頂いたが、その後も軽く一杯やりながら深夜までK-Nebulaさんを質問攻めにさせて頂き(笑)僕にとっては実に学びの多い最高の一日となった。改めて感謝申し上げます!
一生懸命望遠鏡の記事を書いているが、別に自分の持ち物を自慢したい訳では無い。いや全否定は出来ないかもしれないが(笑)、近年元気の無い天体望遠鏡業界を少しでも応援したい気持ちが強い。これを読んで下さった方が、この世界に興味を持って頂けたら何より嬉しい。