本家、松本さんのウェブサイトには1ページにまとまった中軸架台の詳細解説は無いし、マニュアルも用意されていない。手作りで1台づつ製作されるため、毎回の様に進化するし、製作速報を全部読めというのが松本さんの教えだ。しかし僕の様な暇人ならまだしも、すでに情報過多の現代人があの膨大な資料を読破出来るはずもなく(^^)、僕の知ってる中軸架台の運用方法を勝手に少しまとめてみた。
中軸架台のメリット
中軸架台はわずか2.5kgの小型架台で、口径15cmクラスの鏡筒2本を搭載でき、目幅ヘリコイド付きEMSだけあれば双眼望遠鏡が完成する。BINO本体を作らずにBINOが完成する、何十年も双眼望遠鏡を作り続けてきた、双眼マイスターが遂に到達した究極のシンプリシティの美学と言っていい。
これまで双眼望遠鏡は、架台の上にBINOベースを乗せ、BINOベースに2本の鏡筒を固定する概念しか存在しなかった。BINOベースは複雑なスライドメカを搭載するのが普通で、これまた非常に重くて嵩張る荷物だった。
大昔に松本さんに譲って頂いた、10cmF5 BINO。昔はビクセンHF経緯台に重厚なスライドベースを乗せ、鏡筒をセットする方式だった。
デカくて嵩張るフォーク式経緯台を散々持ち歩いた人ほど、架台の小ささは有り難いものだが、BINOベース本体を丸ごとバイパスした中軸架台は、もはや他の追随を許さない圧倒的な荷物の軽量化、最小化を実現した。
さらに、センタープレート自体がアリミゾを兼ねているためため、ひとたびセットしてしまえば2本の鏡筒の光軸は極めて強固に固定され、目幅スライド機構ではちょっと真似の出来ない剛性の高さという副産物も得た。双眼望遠鏡を所有した事の無い方にとってはどうでも良い事に思えるかもしれないが、これが中軸架台の大きな魅力でもある。
マスヤマシリーズ等の一般的な重さのアイピースの場合は、何もせずとも前後・天地ともに最初から完全バランスになる様に設計されている。どこに鏡筒を向けようが、クランプ・フリーでスーと動き、ピタリと止まる。イーソスやニコンNAVの様なヘビー級アイピースに交換する際には、少し工夫が必要だ。
アルカスイスパーツにビクセンアリガタをセットすれば、何でも好きな位置に好きなものを固定出来る(^^)。冬場は手袋でiPadが触りにくいので、ボールマウスでiPadを操作する仕様にしているが、マウスまで貼り付けてみた(笑)
モバイルバッテリーをクランプしているが、別になんでもいい。軽いアイピースの時は手前に水平固定かアルカプレートを外す。重いアイピースを装着した際には、ここをクルッと下ろす。それだけでどのアイピースでも完全バランスになる。回転ベースも検討したが、このMini雲台より軽量なモノは無いだろう。
似たようなミニ雲台は数あれど、僕はSmallRig社をとても信頼していて今回も期待通りの仕事をしてくれた。
これでバッテリーを挟んでみた。好きな位置に好きなものを挟んで固定できて便利だ。
iPadクランプはこれを採用。
下の万力を外して、アリガタにネジ止めして使っている。固定力も申し分無い。
電気式の架台が流行っているが、あれは自動追尾が必須な電子観望には大変便利だろう。ただ双眼望遠鏡の醍醐味はリッチフィールドだ。いつまで覗いていても疲れ知らずの双眼の場合は、名所から名所に移動する間の、名も無いエリアの宇宙遊泳そのものが「美」であり発見だ。むしろ系外銀河の微かな痕跡を凝視するより、天の川を当てもなく流す方がずっと綺羅びやかで楽しかったりする(^^)。自分の手で宇宙を縦横無尽に操舵する自由は何にも代え難く、機械任せの自動導入ではもったいないのだ。
デメリット
目幅合わせはEMSに装着するヘリコイドの伸縮に頼る事になる。目幅調整のたびにピントの再調整も必要なので、目幅の違う複数人でシェアする場面ではスライド式の方が効率的だ。こればかりは究極の小型・軽量化とのトレードオフだ。
垂直軸クランプ機構が左右アリミゾネジの間にあり、一定の仰角で垂直クランプを締める事が出来ない。以前、その事をここに書いたら、それならこれはどうだ、と別のノブのネジを送って下さった(^^)。確かにこれならどの仰角でも締められるが、元のレバー式も使いやすかったのでどちらを使うか迷う(^^)。
それからマニアの中でもうるさ方からは(^^)、中軸架台の水平回転軸の渋さを指摘する声がある。恐らく、市販の重厚な高級架台と比較しての事だろう。確かに片持ちで使おうとすると初動が重い。鏡筒2本をセットした場合は普通の人なら全く気にならないと思うが、例えば200倍の月面で隣のクレーターにゆっくり移動しようとする時、同じ松本さん製作の20cmF7 BINOの回転軸の方が滑らかだ。この水平回転軸を、究極のスーパー・スムーズにする解決方法を実証出来たのでシェアしてみる。これがこの記事を書こうと思ったきっかけでもある。
スーパー・スムーズ作戦
中軸架台は、当然ながら天頂まで向けられる。天頂時に、左右鏡筒の谷間に水平回転ユニットがすっぽりと納まる様に、水平回転部や延長ピラーの外径が80mmに抑えられており、垂直回転軸がわずかに接眼側にシフトする設計になっている。
水平軸の渋さは重心点が回転軸から外れた時に発生する。このオフセットが極小であっても重心の偏りは避けられず、円筒の内壁が中の回転軸に寄り掛かる形で摩擦を生じさせ、それが渋さとなって現れる(と思う)。ほとんど同じ構造の20cmF7 BINOの水平回転軸が氷の上を滑る様な滑らかさなのは、8kgのウェイトx2によって、重心がドセンターにあるからだ。ならば、中軸架台の偏芯もセンターに戻してあげればいい。
僕は工作が全くダメなので再び松本さんのお手を煩わせてしまったが、ここに3/8インチネジ穴を開けられる人なら、市場にある無数のアルカスイス・パーツが利用出来る。お願いした当初は、ここにネジ穴を開けて棒を一本伸ばして頂ければと思っていたのが、想像を遥かに超える素晴らしいウェイト用ブラケットを製作して下さった!毎度ありがとうございます!涙
僕はここに8kgの自作バッテリーケースをぶら下げる事にした。電気を必要としない中軸架台にこんな大袈裟なバッテリーは不要だが、元は20cmF7 BINOのために用意したものだ。
結果。3箇所のクランプネジを緩めると、こうなる。ちょっと押すだけで一分間回り続ける(^^) バッテリーの重さでケースが傾いてるのは御愛嬌だが、これはパーフェクト・バランスのメリーゴーラウンドだ!(笑)
文字通り氷の上を、、、いや氷でももう少し摩擦抵抗があるはず(^^)。これが本来の中軸架台の真価だ。この状態でクランプを適切なトルクで調整すると、どれほど快適なシルキータッチになるか、想像出来るだろうか?これでもう誰にも文句は言わせない!(笑)
工作が出来る人は是非やってみて欲しい。中軸架台だけでなく、ビクセンHF経緯台などオフセットがある、他のあらゆるフォーク架台も同じ作戦が功を奏すはずだ。ウェイトはたまたま8kgだっただけで、もっと軽くても同様の効果が得られると思う。小柄なアイピースバッグを用意しても便利そうだ。
延長ピラー
これも本家のサイトで頑張って探しても詳細情報をみつけられなかったので(^^)、ここにまとめてみる。中軸架台の専用ピラーは直径8cm、アルミの肉厚が1cmもある金属剛体だ。もちろんその分、重量はあるが耐震性能は申し分ない。どんな市販三脚のエレベーターより風や振動に強いだろう。ただ中軸架台の最大のアドバンテージである軽量化を重視するなら、ピラーより三脚のエレベーターを活かすのも合理的な選択だ。
元々の設計では高さが24cmあるが、120APO用に20cmにカットして頂いた。19cmでも良かったかも。
メンテナンス
中の構造は製作時期によって多少異なるが、基本は同じだ。これらの写真は松本さんのサイトから拝借したものだが、我々素人も少しだけ理解しておく事で、メンテナンスの手がかりとなる。
松本さんのサイトより
そもそも架台にグラつき、ガタがある場合は、赤矢印の3箇所のネジが緩んでいる。この3ネジは、ネジ頭を突き当りに軽く接触させて使用する。そのためにネジ先端にコロコロが付いている。強く締めると回転が固くなるので、ここのトルクで好みの操作感を調節する。3本のうち1本は手回し出来るので水平回転軸のクランプを兼ねる。
水平エンコーダの左右のネジが緩むと、SkySafariの位置がズレる。こちらも左右のネジをエンコーダーのボディに軽く接触している状態で固定するが、相手がプラスチックなのでここも軽くタッチする所で止める。
メンテナンスとして見るべき所はこの程度だ。割と移動中に緩むので、数ヶ月に一度程度チェックする様にはしている。
中軸架台は光軸の再現性も高く、というか物理的に横軸を狂わせる事は出来ない構造だ。万一縦方向にズレが生じた場合は、角度計を乗せてここのネジで簡単に復元出来る。
これは僕が発見した裏技だがw、ここを敢えて緩く締めておくと、アリミゾの前後クランプネジのトルクで縦軸の光軸を自由自在に調節出来る。EMSのXYノブが無くてもいいほど?全く推奨は出来ないので自己責任で。(笑)
垂直エンコーダーが渋く感じる事は季節を通じて僕は無いが、真夏の夜と氷点下10°以下の夜では最適なグリス粘度も異なるはずで、こだわる人はグリスを使い分けるのはありかもしれない。
延長ピラーごと放り込めるケース
なかなか丁度良い大きさのケースが無く、少しサイズが余るがこれにしてみた。クッションはちょっと貧弱だが、裸で運ぶよりはずっとマシだ。
道具を愛でるということは、星を眺めるに留まらず、クラフトマンのフィロソフィを味わい、楽しむ事でもある。何でもそうだが、自らの知恵を超越する製品の価値を認識する事は出来ない。良質な製品の真価を味わい、その喜びを享受するにはまず仕組みや道理を理解するのが先決だ。
在庫が残り数台しか無いとの事で今頃こんな記事を書いても遅いが、松本さんが引退された後も、この優れた思想を人類に残すメーカーが現れてくれる事を願うばかりだ。いや、無理かな?(笑)