Leica S

06 3月 2018

Leica Sとは何者か

ライカ中判デジタル、Leica Sの情報が、Mに比べ極端に少ない。特に日本語圏でSに関して詳しく語っている人は、ネット上では数人しかみつけられない。Sの関連Youtubeもたぶん全部見た。こんなものを買う人は、忙しい一流のプロフェッショナルだけなのか。だいたい僕の様な平民が、趣味の遊び道具として手を出せる様なシロモノなのか。 ライカSについて最近ずっと調べまくっていて、今日マップカメラ新宿店さんで触らせてもらったので(いつもありがとうございます!)途中経過をいつもの如く素人視点でレポートする。   僕の場合、他人の噂よりも山ほど作例を見て自分で判断したいタイプなのだが、作例すらごく限られている。頼りの綱のflickrですら、本当に限られた数人だけがシェアしていて、ライカSの作例、情報が世界的に枯渇している。 コンシューマー向けじゃないから仕方ないかもしれないが、しかしそのお陰で、型落ちライカSシリーズの中古市場は極端な価格低下が起きていて、M240中古とほぼ同等だ。(逆にSを新品で買ったら、リセールバリュー的には厳しいかも。) LEICA FOTOGRAFIE INTERNATIONAL, (LFI)にて、Sマガジンが販売されていたので、過去の全部入りを注文してみた。セットで50ユーロ、ドイツから日本までの送料73ユーロと比較的買いやすく(送料の方が高いが汗)、しかも2月27日に注文したのに、一週間も待たず昨日5日に届いた。コンテンツも非常にアーティスティックで素晴らしく、Sの作例の山!これだけでもう作例はお腹いっぱいになれる。 https://lfi-online.de/ceemes/en/magazine/lfi-year-collections/s-magazine-s-paket-all.html とっても見きれない量が届いた。全部買わなくても良かったかも^_^、4つセットくらいのも確かあったと思う。 もうね、これらの作品を眺めていると、世界のトップアーティスト達がしのぎを削っていて、僕などはため息と共にネガティブな自問自答しか出てこない。「このカメラを買って何がしたいの?」「一体何処に向かっているの?」「馬鹿なの?」w いずれにせよ、どれもスーパーモデルと共に完璧に作り込まれている作品集なので、平民が普通に外で撮ったらどうなるかは参考にならない。 中判のメリット? そもそも中判カメラは、35mmフルサイズと比較して、どういうメリットがあるのか。僕の中判の経験は浅く、ローライ二眼はデスクの飾りになっているだけだし、ハッセル500Cはごく短期間で売却してしまった。僕に中判を語る資格など全然ない。しかしこれらわずかな経験から、中判の凄みを僕は実体験として持っている。 そして35mmのライカMがこれほど素晴らしいなら、中判ライカの描写はどうなってしまうのだろう!と、純粋にとても興味があるのだ。 中判と言うと真っ先に、画素数や解像度の話になる。しかし解像度に関しては、僕はM10で十分満足していて、むしろ「写り過ぎる」事が度々邪魔になったりする。M9の様な油絵の様な質感にいつも憧れているし、写りすぎない絵を撮りたくて、わざとブレさせたり、ズマール50などかなり古いレンズをM10に試してみたりもした。 なので中判は僕が求める方向とは違う様にも思うのだが、ライカMとSの作例を眺めていると、おっ!と僕が思わず目を留める写真が、Sで撮られたものである確率が意外なほど高い。解像度の違い?階調描写の緻密さ?立体感?ボケ量?全部そうなのだろうけど、それら特徴はM10+luxも既に有していて、そこが決め手では無い気がするのだ。 Thorsten…

日本のライカオヤジ

田中邦衛ではない。 最近買った写真集。"One Mind's Eye" Arnold Newman。 これが、無茶苦茶良かった。ムッチャクチャ良かった!!ブレッソンが構図の「面白さ」としたら、ニューマンは構図の「カッコよさ」だと思う。よく見れば気が付くのではなく、見た瞬間に、ひと目でカッコイイのだ。 ポートレートを志す者は、必ずアーノルドニューマンを隅から隅まで見なければならないと思った。この一冊から、物凄く多くを学べる(はず)。   僕がLeica Mで写真を撮っていると、まれにお会いした事の無い方から叱られる事がある。たまに価格コムなどの匿名性のスレッドを眺めていても、こっぴどくやられてる人が居る。 ・Mにストロボなんて使うな ・Mを開放で使うな(ボケに頼るな) ・写真をクロップするな ・後からデジタル加工するな ・Mでポートレートを撮るな(Mはスナップ専用だ、人はツァイスで撮れ。) この手のお説教を好むのは、どういう訳か決まってハイアマチュアの日本人だ。特にLeicaというブランドの周りには、怖いオヤジが多い(笑)それだけ熱烈なライカ・ファンという事だろう。昭和のライカオヤジの博学には頭が下がるばかりだが(自分も昭和のライカオヤジだがw)、どうもこの手の説教は、写真云々以前に、日本人の風習、民族性に関わるように思える。建設的で的確なアドバイスだったら本当に有り難いのだが。 有名なニューマンのピカソ像。大胆なクロップにより、最終完成形が撮影時に想定していたものと全く違うものになっている。 欧米のフォトグラファーのインタビューを聞いていると、その中でかなり高い確率で、誰もが口にするキーワードがある。それは"Unique"だ。Uniqueは日本語のユニークの意味で使われる事もあるが、英語圏では多くの場合、「他に類を見ない,比類のない,独特な」という良い意味で用いられる。 他人がカメラをどう使おうが、それについてとやかく言う人などいないし、むしろ変わった使い方から作画の独自性を求めている様にすら見える。 かつて日本美術の独自性が世界的に脚光を浴び、西欧文化に大きな影響を与えた時代があった。こんな事で大丈夫なのだろうか。。。彼らのお説教を眺めるたびに、将来の日本の文化的競争力に一抹の不安を感じなくもない。 Michael Kennaも本当に素晴らしいな、美しいな。。。英語だからって、すぐに立ち去らないで欲しい。世界はとんでもない才能に溢れている。 しかし日本のライカオヤジが強い口調で主張する、これらの意味は、僕も一応分かっているつもりだし、人に強要すべきかどうかは別にして、理にかなっているとは思う。 最近僕はLEICA APO75mmが気になって調べていたのだが、それはもちろん中望遠のキャラクターが欲しいからだが、それと同時に僕の場合、実際の所は50mmでもほんの少し画角の余裕が足りず、構図の自由度を失っているパターンが結構多い。 相手が静止しているモノならまだしも、人を撮る場合には、モデルの最高の表情や形と、自分のフレーミングやその他のタイミングが、完璧にマッチしたスーパーショットなど、そう出会えるものではない。僕の乏しい感性をフル導入して構図を意識したとしても、現場ではなかなか気づけ無い事も多い。 最もシンプルな解決策としては、クロップ前提で少し画角を広めに撮っておいて、後からゆっくり構図を吟味するニューマンスタイル。それが今の僕には一番合理的だし、現実的と思うに至った。 そうなると、浮上してくるのがライカ中判、Leica S。70mmレンズのキャラクターを備えながら約50mmの画角が得られる。上のピカソの大胆過ぎるクロップも、中判だからこそとも言える。…