2018年1月24日 イチロー

とにかくM10で何かを撮る&露出計その2


窓の水滴が映り込むまで、アンダーに落とした。外は大雪。Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/60, ISO 400) ©2017 Saw Ichiro.

常に何かを欲しがる性格は僕の悪いクセと、幼い頃から叱られながら生きてきたが、最近はSLだのM9だの言い出してるのは、要するにM10に飽きてきたという事だ(笑)M10のSDカードをMacに取り込む時の喜びはもはや薄く、「ふーん、そんな感じね、、、」くらいなもんだ。


Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/60, ISO 400) ©2017 Saw Ichiro.

でもちょっと待て。ようやくカメラから出てくる色や解像度に驚かなくなったのだ。つまり自分の手足の様にカメラそのものを意識しなくなってきたという事。この状態こそ本来は望ましいのであって、自分の作品づくりとして、ようやくここがスタートラインじゃなかったか。少し落ち着いて、M10を自分の道具としてもう少し深く付き合ってみないとね。と自分に言い聞かせてみる。


葉山、南葉亭より。M9だったらこんな色かな?と想像しながらM10を現像している自分が居る。でもこの色ならM10に何の文句があろうか。Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/125, ISO 100) ©2017 Saw Ichiro.

いまだに毎日、何かを撮っている。何かを撮りたくて仕方ないし、夢か妄想か、あと少しで凄く素晴らしい一枚に出会える予感だけが、何故かあって、その一枚に出会いたい一心でM10を持ち歩いている。


由比ヶ浜Cocomoより。実にフォトジェニックなカフェでお気に入り。Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/60, ISO 800) ©2017 Saw Ichiro.

自らを謙遜し他を敬う日本の文化が僕が大好きなのだが、写真を人様に見せる時には、出来るだけその手の奥ゆかしさを表す発言は控える様に努力している。何も言わずに見せればいい。

一流のプロならその手の発言も美しいかもしれないが、本当に未熟ならそんな言い訳をする必要も無い。

「下手な写真ですが、、、」という発言が、ベテランから鼻で笑われるかもしれないという恐れから来るとすれば、実際はそんなベテランはどこにも居ない事が最近分かってきた。一部の天才を除いて、多くのフォトグラファーが残した写真の大部分は、我々凡人と同程度のごく普通の写真なのだ。

もし鼻で笑う人が居たとすれば、それはベテランだからでは無く、性格が卑屈だからだ。


Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/1000, ISO 100) ©2017 Saw Ichiro.

と言いながらこの10年、そしてライカを手にしてから半年ちょっと、自分の写真に少しは成長が見られたかと問われれば、全く自信が無い。単に頭デッカチになっただけかもしれないし、僕の場合、素人を標榜する事を体のいい言い訳に使っているだけかもしれない。

Arnold Newman


Igor Stravinsky, by Arnold Newman

うちのスタジオに飾るべきはこの一枚だと悟ったほど、僕はこの写真が好きだ。巨匠、アーノルド・ニューマンに向かって恐れ多いが、この写真を見た時に、僕はフォトグラファーの才能以上に、彼の気概を感じたのだ。この最高に美しい構図は、トリミングから生まれた美だったからだ。

この一枚なら、似たモノなら多分僕にも撮れる。しかしここから、この様な美を取り出すのに必要な能力は、少しのセンスと好奇心、そして絶対に結果を出すという、非凡なる気概な気がしたのだ。

一枚、一枚をもっと真剣に撮るべきか。毎日シャッターを切るだけでなく、撮った後も一日に一枚は、これぞ!という最高の一枚を必ず生み出すという気合い。優れた人と我々凡人との違いは、ここだけじゃないかなと思う。

 


三浦半島の最高峰、大楠山より。Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/500, ISO 100) ©2017 Saw Ichiro.

露出計のつづき

そう言えば一つ小さなニュースがある。以前、露出計について考察した事があったが、結局SEKONIC ライトマスタープロ L-478Dを売却し、旧型のSEKONIC L-758D を買った。理由は明快。旧型の方が、起動をはじめ、あらゆる操作が新型のL-478Dより断然早いからだ。


左が今回購入したL-758D。右が売却した新型のL-478D。大きさはこれだけ違う。重さはそれほど気にならない。

Powerボタンちょい長押しで起動は約1秒。ISOやF値の数値変更も、素手でも手袋でもタッチスクリーンよりずっと安定&確実に操作出来てノーストレス。メモリ登録、MID. Tone登録もボタン一発、重要なのは登録した露出の削除も、clearボタンを押すだけ。新しいモノから消えていく。超シンプル。

こんなちょっとした事が有り難いと思えるのは、L-478Dの場合、登録を削除するのにいちいち、メニューからメモリ削除を選んで、どれを削除しますか?本当に削除しますか?yes or noなどと4回も5回も反応の悪いタッチスクリーンを触りまくる必要があり、出来る事ならこの機能を使いたくないと悩んでいたからだ。

L-478DはiPhoneの様な美しく大きなタッチスクリーンと引き換えに、当然ながら無駄なバッテリー消費があった。それに比べると計測時のみ数秒間ブルーライトが点灯するL-758Dは実に合理的に思える。


今日は関東では珍しく、外は大雪。だから何か撮りたくて、鎌倉のカフェまで足を伸ばした。Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/60, ISO 200) ©2017 Saw Ichiro.

カメラプロファイル登録機能も、シンプルながら使い勝手は新型と何ら劣る所はない。むしろ気軽にMID TONE登録して、ハイライト部、シャドー部の状態を無駄に確認したくなる。ここが重要だ。

L-758Dの欠点は、サイズがデカイ。入射光測定のためのレンズが左右についているのが、この大きさの理由だが、しかも僕にとってはこれは無用の長物だ。Thorsten Overgaard氏が面白い表現をしていたが、遠くの野山を歩くライオンを見つけたとして、ライオンの露出をピンポイントで図りたい時以外は、この機能は使わないだろうと言っていた。

それともう一つ、L-758Dの液晶のガラス(プラスチック?)がとても弱い様だ。髪を結う金属製のカチューシャと一緒にバックに放り投げて運んだら、いきなり液晶が傷だらけになってしまった。単に運が悪かっただけか?これは専用ケース必須かもしれない。

こういう電池モノを扱う時に、僕は電池の心配を微塵も考えたく無いタチだ。こういう所で僕の貧乏性が現れるのだが、電池を浪費しない様にマメに電源を切ったり、そういう事を撮影の時に考えたくないのだ。

という訳で、アマゾンに充電式CR123A一式がいくつかあったので買ってみた。USBで充電出来る。激安だが今の所、問題なく使えている。特殊な電池だからと言って、そう気にする必要もなさそうだ。

 


数年前この木の袂に、嫁が可愛がっていたセキセイ・インコのターボ(名前)を埋めた。久しぶりに会いに行った。青い美しい鳥だった。Leica M10 + Leica Summilux-M 1:1.4/50 ASPH. (ƒ/1.4, 1/750, ISO 100) ©2017 Saw Ichiro.

最後にもうひとつだけ。自分でも記事が長すぎるかなとはいつも思っているが(笑)、何度も次のページをクリックする手間を思えば、出来るだけページ移動が少なく、1ページが長い方が効率が良い気もしている。

恥ずかしながら、小島一郎という写真家を僕は知らなかった。知っていたらichiro Photographyなどというタイトルのブログは始めなかった。彼の写真も素晴らしいが、彼の言葉が心に残った。今日書いた事が全てアホらしくなるような、ピュアで美しい言葉だ。写真を見なくても、彼がどんな作品を撮るのか、想像出来る気がした。

写真をとる一つの道に
自分の心をうち込みたいと念じており
それには作品を作ろうとすることより
写真を通じて
良い魂の持ち主になりたいと思っている

小島一郎

, , , , ,